元曲「趙氏孤児」【第二折】
引き続き、元曲「趙氏孤児」第二折。
公主から趙氏孤児を託された程嬰が、韓厥の助力を得て趙氏孤児を宮殿から逃して…の続きになりますね。
この幕には公孫杵臼が登場~! 杵臼がこの幕の主人公です。
程嬰と公孫杵臼が、趙氏孤児を救うため策を練る場面です。
* * *
「趙氏孤児大報仇」紀君祥・作
【第二折】
登場人物:
公孫杵臼(正末)
程嬰
屠岸賈
さて、屠岸賈はというと。
いつになっても趙氏孤児が送られてこないので、どうも安心できない。そこで部下に様子を見に行かせると、なんと宮殿では公主が首を吊り、門では韓厥が自刎して果てているという。
韓厥が趙氏孤児を見逃したな…と考えた屠岸賈は、すぐさま次の手を打つ。
すなわち、晋の国中の、生まれて6ヶ月以下・1ヶ月以上の赤ちゃんを全員逮捕して斬って捨てれば、その中に趙氏孤児がいるはずだから、孤児を殺すことができると考えたのだ(血も涙もありません屠岸賈)。
屠岸賈は、赤ちゃんを差し出せという命令を下し、これに逆らう者は一族皆殺しだ!と脅し文句を加えて国中に発布する。
さて、場面は太平荘という地に移る。
ここには公孫杵臼が住んでいる。
公孫杵臼は、趙盾とともに霊公に仕えて中大夫になった、かつての晋の重鎮だった(という設定です)。歳を取り、また屠岸賈が朝廷を牛耳っているのを憎んで、朝廷を去って野に下り、自適の生活を送っていた。そこに程嬰がやってくる。
屠岸賈が赤ちゃんを集めて皆殺しにしようとしていることを知った程嬰は困り果てていた。そこで思い当たったのが公孫杵臼だった。
公孫杵臼は趙盾と友誼があり、なおかつ忠直な人柄。彼ならば、趙盾の孫である趙氏孤児を匿ってくれると考えたのである。
早速程嬰は公孫杵臼に今までの経緯を説明し、趙氏孤児を彼に見せる。そして、自らが考えた趙氏孤児救出の策を公孫杵臼に説明する。
程嬰の策はこうだ。
実は、程嬰にも生まれて間もない赤ちゃんがいた。
そこで、自分の子を趙氏孤児だといつわって、公孫杵臼には「程嬰が趙氏孤児を匿っています」と屠岸賈に密告してもらう。そうして父子ともども殺されたなら、趙氏孤児を葬ったと思い込んだ屠岸賈は安心し、これ以上の追及はするまい。本物の趙氏孤児は公孫杵臼にかくまってもらい、密かに育て上げて欲しい――という策である。
趙朔への恩を返し、かつ晋の国中の赤ちゃんたちを救うためにはこれしかない、というのが程嬰の結論。
しかし、公孫杵臼は「趙氏孤児を育てるのはお前のすべき役目、お前の赤ちゃんを私に託してもらい、お前の赤ちゃんと私が一緒に死ぬことにしよう」と、先に死ぬのは自分がよい、と言う。
というのも、公孫杵臼は70歳。趙氏孤児が成人し、仇を取れるようになるのが20年後と見積もると、その時には90歳ということになる。その時まで自分が生きていられる自信がない。
一方の程嬰の方はまだ45歳で、20年経ったとしてもまだ65歳である。きっと趙氏孤児を育て上げることができるであろう。それを考えると、程嬰に趙氏孤児を匿ってもらい、自分が先に死んだ方がいい。これが公孫杵臼の考え。
程嬰は、公孫杵臼を巻き込んで死なせてしまうことをためらい、また公孫杵臼が屠岸賈に問い詰められて「程嬰が趙氏孤児を匿っている」と白状したりしないかと不安で(←公主や韓厥の時と同様、疑り深いというか慎重な程嬰…)、公孫杵臼の策になかなか乗らない。しかし公孫杵臼は、「私は、一度“うん”と言ったら必ず守る。安心せよ」と言って程嬰を説き伏せる。歳を取って、いつ死んでもおかしくないのだから、この命はいつ捨ててもかまわない――公孫杵臼はそう言う。
程嬰は、公孫杵臼を巻き込んだことを悪く思うが、ついに折れて、自分の子を公孫杵臼に託し、趙氏孤児を自らの家に匿う。
(以上)
* * *
趙氏孤児を守り通すため、最初は程嬰が自分の命を捨てるつもりだったけど、年老いた公孫杵臼がその役を引き受けることにした…という筋ですね。
自分の命を擲つ公孫杵臼も悲壮ですが、自分の子を犠牲にしてまで趙氏孤児を生かそうとする程嬰もまた悲壮ですね…。
さて、二人の壮絶な策は当たるのかどうか。そのあたりは第三折にて。
あと、最後に超個人的メモ。
趙氏孤児(末本=正末劇) 1楔子、5折構成
『元刊雑劇三十種』『元曲選』『古今名劇合選ライ江集』(孟称舜)に現存。
『元刊雑劇三十種』のみ、1楔子4折。『元曲選』等における第五折を欠く。(むしろ、当初は1楔子4折で、後世第五折が加えられた、と言うべきか…。)『元刊雑劇三十種』は、曲牌のみ現存。ト書きは殆どなく、あらすじははっきりしない。
また、『元刊雑劇三十種』とその他のテキストでは、曲牌にだいぶ相違があるらしい。
明になると、徐元が伝奇「八義図」に再構成し、また清末には同様の題材で京劇「八義記」が作られている。らしい。
以上、主に『元曲大辞典』(李修生主編、江蘇古籍出版社)に拠る。
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