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12月, 2021の投稿を表示しています

守られない名付けのルール

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 ふおおお早朝に年賀状出せたー! 8エンパも封印して絵を描いてました…それなりに腰を入れて描けたかなー。自己満足で送ってますので返信は気にしなくて大丈夫です~(ってここで言っても)。 エンパは黄巾シナリオを孫堅で始めてますが、まだ4年くらいしか経ってない。そのうちプレイメモでも書くかもしれませんが、まだ悩み中(まだ始めたばっかで勝手がよくわかってないので)。4年しか経ってないけど既に呂蒙殿といろいろあったし、自己満足で書くかなー? さて、今年最後の日記は『礼記』めもで締めます。 諱として忌みづらい字は名に使わないように…と『礼記』に書いてあったけど、晋の皆さんがやけに破りまくっている件(笑)。『春秋大事表』(巻12の春秋列国卿大夫世系表)を見て該当者をざっと探してみたところ、主に上記の人たちが見つかりました。地名とかはよく分からんから、気づいてない可能性が高いですすみません; ご覧の通りの圧倒的晋率。特に荀氏が破りまくってるんですが何故なんや(笑)。干支のうち特に十干(甲乙…)は殷なんかの古い王朝では王の名として使われてたらしいので、名として使うのにそんなに抵抗がないのかも? ではではよいお年を~

冬本番が来た…

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 今日はえらく全身が痛くてだるくて何かと思ったら…昨日雪が30センチ近く積もって1時間半雪かきして全身筋肉痛になったのか…冬ですね(バタリ)。今日も降って積もってたからなー、明日の朝は車の雪下ろしからですよ切ない…。。。どんだけ早起きすればいいんだろうか…。 昨日のことですが、日記に上げた絵をいろいろサイトの方に上げました。情報いろいろマシマシで載せてあります。自分用のメモです。最近頓に忘れっぽいので、何かとメモっておかないとすぐ忘れてしまうのです…悲しい; むそ8エンパは、なんやかんやでトレボを予約しました。エンパを買うのは久々な気がする。体験版はまだ落としてませんが、もう発売間近だし、今は別のオンラインゲームをやってるし…製品版から始めよう。 最近やってるオンラインゲーってのは…マインスイーパーなんですけど(笑)。ちょっとやってみたら、意外にハマってしまった。マイン~でこんなにハマるんだから、他のオンラインゲームはできないですね…恐ろしい(笑)。でも、世界中の人がやってるので、そこに混じってミッションこなしてるのがちょっと楽しかったりします。まだまだヘッポコですが。 でも、けっこう難しい盤面もなんとかクリアできるようになってきた…。 大満足…自分からすると奇跡のクリアや…。

三賜(三命)について

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 久々の『礼記』めもです。今回は「三賜」(「三命」とも)についてです。 「三賜(三命)」とは、鄭玄の注によれば①官職+②衣服+③位階と車馬、らしい。親が既に亡くなっているならばまるまる受け取ってOKで、親が存命の場合は、三賜に含まれる車馬は(身の安楽をはからないという意味で)辞退するのが礼らしい。 「三命」ってどこかで見たな…と思ったら鞍の戦いですね。鞍の戦いについては、同人誌を描くために左伝も公羊伝も穀梁伝もそれなりに目を通した(つもり)なので、うっすら記憶に残っていた…。 拙宅でおなじみの鞍の戦いの晋の三卿(郤克士燮欒書)が、斉をシバいた帰りに魯の成公から「先路三命之服」をもらった、という話が『左伝』成公2年にあるのです。 つまり『礼記』に従うならば、親(父)が既に亡い郤克と欒書は三命をまるまる受け取ってよく、親(父)が健在で、帰国後に「私がどんだけお前の帰りを待っていたと思ってるんだ!」と親馬鹿を発揮される(笑)士燮は、車馬については辞退すべき、ということになるんでしょう。この時は魯の成公から「先路」も賜っているのですが、こちらも車馬なので辞退した方がいいんでしょうか。 ちなみにこの時、従軍していた他の重要な大夫にも「一命之服」(=官職)が与えられています。司馬として従軍していた韓厥はこちらの「一命之服」を授かっていると思われます。 …ちうか、晋の卿大夫が魯の君主から官職だの位階だのををもらうってのがどういうことなのかイマイチよく分かっていない;; 魯の官職を貰ったってことなのか、周の官職を魯の成公が貰ってきてくれたのか、魯の成公が晋侯(景公)に代わって晋の官職を与えたのか、よくわからぬ…。それともこういう時のための形式的な官職みたいなものがあるん?? なお、だいぶ後に荀偃が元帥となって斉に勝利した平陰の戦い(『左伝』襄公19年)の後にも、荀偃ら晋の卿たちが魯の襄公から「三命之服」を授かっています。鞍の戦いに倣ったものらしいです。元帥の荀偃は他にもいろいろオマケでもらっています。

舌の根も乾かぬうちに

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 一旦打ち止めと言ったものの、また新人さんが増えます(笑)。 晋の悼公(とうこう)様です。厲公(れいこう)が欒書らに弑された後、周から迎えられて即位した君主で、韓厥や知罃執政期の人。14歳で即位したものの、周の卿である単襄公(ぜんじょうこう)からも高い評価を得るような優れた人物で、晋の中興を成し遂げた名君。めっさ名君なのに29歳で亡くなってしまう人である…(>_<)。 今までデザインした晋の君主(景公・厲公)に髪型は近づけつつも、血縁的には近くないので、ぱっつん気味の景公・厲公とはちょっと変えて毛先を散らしてみました。目のハイライトをいつもと違う場所に入れてますが、この位置がなんか一番しっくり来た…。意思が強そうで、決断力のある名君らしい雰囲気が出る気がした。 悼公は若いものの、卿たちの言いなりになる感じではなく、その意見を尊重しつつも自分で考える力がある人だと思ってます。まあ、執政の韓厥とか知罃とかがちゃんと弁えてるってのもあるかもしれないが。士匄あたりが執政だったら正直分からん…。士匄なんて、執政になったらやりたい放題だもんなー…私怨で国権発動して欒氏を滅ぼしたりしてるし…。 悼公様をデザインすると魏絳が欲しくなるな…(笑)。ちうか画像中に誤字があるなハズカシイ; 話は変わって。 むそ8エンパはトレボを買うか悩み中です。画集は歴代のを持ってるので悩む。体験版はまだDLしてないので、近いうちに落として遊んでみます。攻城戦が苦手だから、ちょっと気が進まないでいる;;