虞翻が于禁に掛けた台詞の件

三国&春秋好きな方向けの雑感。

棒茄子が出るので、前々から欲しかったさんごくし集解を手に入れました。句読点を切ってあるのが欲しかったのですが見つからなかったので、影印本のやつをゲットしました。


で、ぺらぺらめくって虞翻伝あたりを見ていたら、自分的に衝撃的な注を発見してしまった!

虞翻伝で引かれていた『呉書』に対する注に士会の名前があって、何かと思って読んでみたら…于禁が魏に送還される際に虞翻が于禁に掛けた言葉が、繞朝が士会に掛けた言葉(@左伝)の引用だったらしい!!まじか!


試しに較べてみる↓

(左伝文公13年伝、繞朝→士会)

「無謂秦無人、吾謀適不用也。」

(呉書、虞翻→于禁)

「卿勿謂呉無人、吾謀適不用耳。」

これは…繞朝の台詞を踏まえてますわ…。


…でも、これって于禁に対してすごく優しい言葉をかけてるようにも見える…。繞朝が士会に掛けた言葉を引用して、虞翻が于禁に話しかけたってことは、于禁を士会になぞらえてるってことっすよね?


于禁と士会が置かれてる状況も何気に似てる…士会は思いがけない事情(趙盾の裏切り的決断)で祖国の晋から秦に逃れていたし、于禁も思いがけない大雨で関羽に敗れて捕虜になって呉にいた訳で…本人というよりはそれ以外の要因で自国を離れるはめになったあたりが似てる。


また、左伝文公13年の繞朝の台詞の少し前のところでは、郤缺が士会について「(秦に逃れたことについて)罪無し」と言ってる。しかも士会は、晋に帰国した後は最終的に晋のトップの執政になってる…。


つまり、于禁を士会になぞらえてるってことは、于禁に罪はないし、将来は国に戻って立派に出世することを期待している…という意味が込められてるようにも見えるってことです。そう考えると、虞翻は于禁に対してすごく優しいせりふを掛けたように見えるのです。


…でもなー、その言葉の前後の内容を見るに、やっぱり虞翻は于禁に対して冷たいので(笑)、そこまでの意味はないのかなあ? 繞朝の台詞を引く前のとこで、虞翻は孫権に「于禁を処刑した方がいい」って言ってますし。でも魏に帰った後の于禁のことを考えると、そちらの方が于禁の尊厳を損なわないような気もする…。于禁の死を単に望んでるようにも見えるし、国に帰って非業の死を遂げることを見越して于禁の尊厳を保とうとしてるようにも見える…どっちなんだろう。普段の虞翻の言動からすると前者なんだけど(笑)、後者のように考えるのもアリかなーと思います。

(2018.07.04)

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