士燮趙武まんが② リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 1月 11, 2023 続きです!士季殿が能力的に人間離れしててすごいので憧れる…はありがちな感じですが、それだけじゃなくて人柄にも惚れてくれてるのが、息子的には嬉しい…のかもしれない。まあ、これだけ直球で士季殿だいすきをアピールされると、父上大好き病の拙宅ししょーさん的には急激に趙武に親近感を感じそう…。推し(?)が同じだとめっさテンションあがりますよね…。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
はじめての3Dモデル - 6月 01, 2025 厚塗り油彩ブラシでガシガシ描くのが楽しい今日この頃です。筆圧で抑揚も効くし、線に若干の濃淡が出るかんじなのがよいです。 初めて3Dモデルを使ってグラサンを描いてみました。パソコンのスペックが貧弱なので(何年も前に買ったノーパソ)、3Dをぐりぐりするのがちょっと怖くてですね…今まで使ったことがなかったんですが、試しにやってみました。 3Dモデルをいい感じに傾けたり大きさ調整したりがコントロールできなくて苦労しました(汗)。慣れればいいのかな…このグラサンの3Dモデル、4つのパーツからできていて、グラサン全体を拡大縮小したいのにフレームしかいじれなかったりとかもうよく分からん;; あと、やっぱり3Dモデルをいじるとかなり動作が重くなる; 3DモデルはLT変換ってやつをやれば線画を抽出できるっぽいんですが、数値の調整が難しくていい感じに線画を出せなかった; …ので、LT変換で出した線画をアタリ線にして、上からブラシで線を描きました。とりあえず(今更すぎるが)新しいことにトライできてよかったです。 文庫8巻末の荒木先生のスケッチにグラサンジョセフがいたので描いてみたです。 おまけでもう1枚。 アヴはジョセフの無茶ぶりにエエッて反応をしても、なんやかんやで忠実に従ってそうなとこがかわよい…ジョセフに言われれば女子トイレにも入るし、トイレの個室も覗くし(笑)。グラサンはジョセフを描いた時と同じ3Dモデルをアタリに使ってます。 ポルはね…なんやかんやでちゃんと装着してくれそうなのがいいよね…(笑)。ああいうグラサン(というのか)ありますよね。100均のおもちゃコーナーにありそう。 続きを読む
お絵描きしたくなる期 - 5月 24, 2025 描かない時は下手すると一ヶ月以上絵を描かないのに、描きたいときは立て続けに描きたくなる…。描きたいものができるか否かが大きいのかもしれないです。 文庫8巻末の荒木先生のスケッチに馬を駆るアヴがいたので描いてみました。馬の描き方本を買ったので、馬の練習をしたくて…7部メンを乗せてもよかったんですが、アヴを描きたくてですね…(宿業)。おうまさん難しいです。が、本を買う前よりは描けてるはず…。 今、訳あって割と気軽に馬に触れる環境にありまして…馬の顔を触らせてもらったんですが、鼻とかほっぺの前のへんがふにふに柔らかくて癒されました。おばあちゃん馬なので触っても全然暴れないのです。触らせてくれてありがとう。 あと、普段やらない塗り方と、新しくDLしたブラシを試したくて描いてみたもの。 院はキラキラさせても許されると思っている(エッ)。いつもは、ベース色を取る→乗算レイヤーで影をつけて明暗をつける…んですが、今回は、ベース色を取る→全体に乗算→覆い焼き発光レイヤーで光を当てる→通常50%で背景色に近い色を環境光的に乗せる→彩度の高い色を乗せる…みたいな手順で描いてみました。覆い焼き発光が有能すぎる…。 自分が好きな東方絵師さんの絵を見て、こんな感じの塗り方ができたらなーと思って、自分なりに「こんな感じかな…」と試行錯誤して描いてみました。女子の絵を参考にしたので、それにひきずられて女子み強めになってしまいましたが; 目のハイライトの位置だけでえらく印象が変わる…。華やかなのは宝石水滴ブラシのお蔭です(他力本願)。 そのうち塗り方などを忘れてしまうので以下にメモ。 主線は「厚塗り油彩」ブラシを使いました。普段使わないブラシなのですが、抑揚も効いて意外と描きやすかったです。今後も使ってみていいかも…。 続きを読む
スリリング通勤 - 1月 08, 2022 …この冬の雪が半端ないんですが(憤慨)! もーー何回車の雪下ろしをしてるんだ…出勤も早くしないといかんし切ない。いつもの倍の時間がかかるよ! 道路は下手したらテッカテカ(時々ガッタガタ)のアイスバーンだし…車に乗り始めたころにアイスバーンで止まれなくなった経験もあるので恐怖しかない。四駆とスタッドレスを過信してはいけない。ちうか、仕事場の玄関ですっ転んだのが切なすぎて思わず愚痴りたくなったのです…遅刻しそうで焦ってたら尻餅をついてしまった…正月でもその餅はいらん。まだ腕や足が痛い(涙)。 愚痴はさておき、先日の 『礼記』の名付けのルール の件の補足。『国語』をなんとなく見てたら、それに少し関連する記事を見つけたので。 士鞅が魯に行った時に名山の話をしたところ、その山の名が魯のだいぶ前の君主の名前と同じで、思いがけず魯の先君の諱を犯すことになってしまい、赤っ恥をかいた、という話が『国語』(晋語9)にあったのです。名付けの際には山や川の名を避けるべき、と『礼記』にもありましたが、こういう事態が起こると困るから、ということなんでしょうね。ってか、礼にうるさそうな魯の国の君主の名が『礼記』の説くルールから外れてるのか…名付けのルールは、当時からけっこう形骸化してたのかもしれない。 あと、名には傷や痣を用いてはいけない、というルールもあったけど、欒書の子の欒黶ってこれに該当する? 黶=ほくろ・黒い痣、の意味なので、同類になりそうな気もする。傷や痣は「隠れたもの」については名として使っちゃいけないという条件はあるんだけど、欒書様は何を思って我が子に「黶」なんて名をつけたんだ…生まれながらにして余程特徴的なホクロでもあったんだろうか。でもホクロなんて名前をつけられたらちょっと切ない気持ちになりそう。もし欒黶をデザインするならホクロは必須ですね。 続きを読む
三国関連未処理めも - 1月 01, 2008 気づいたことなどのメモ。未処理・未調査・未分類の記事の集積所。 ■呉の石陽攻め 朱然伝には黄武6(227)年の事とあるが、呉主伝・明帝紀では226年、曹丕が没したのに乗じて石陽(あるいは江夏)を攻めたとある。どうも朱然伝が間違っている。 ちなみに呉軍を防いだ魏の将は江夏太守の文聘。 ■全琮の没年 全琮伝によれば赤烏12(249)年だが、呉主伝によると赤烏10(247)年の春正月。 ■関羽、解池の蛟(=蚩尤)を退治@大宋宣和遺事 雑劇にもなっているこの話、大宋宣和遺事(前集上)にある (2008.09.09) ■唐代、武成王(=太公望)に陪祀された名将たち 『新唐書』巻15(志5・礼楽5)に詳しい。 上元元年、文宣王(孔子)廟の孔門十哲に擬して武成王に陪祀されたのは、白起・韓信・諸葛亮・李靖・李勣(以上左列)・張良・田穣苴・孫武・呉起・楽毅(以上右列)。 建中三年には、歴代の名将64人の肖像を武成王廟に飾った。そこに選ばれた三国の人物は、 魏:張遼(征東将軍晋陽侯) 鄧艾(太尉) 呉:周瑜(偏将軍南郡太守) 陸遜(丞相婁侯) 呂蒙(武威将軍南郡太守孱陵侯) 陸抗(大司馬荊州牧) 蜀:関羽(前将軍漢寿亭侯) 張飛(車騎将軍西郷侯) 肩書は『新唐書』のもの。陸遜は荊州牧・右都護も兼務してそうだけど…。呂蒙の「武威将軍」は、『三国志』だと「虎威将軍」になっていて、たぶん「虎威将軍」が正しい。けど、『文選』の(陸機「弁亡論」の)注釈(李善注)でも「武威将軍」になってた気がするなあ。 おまけで、~司馬晋までの陪祀された人物はこんな感じ。(司馬晋以降の人があんま分からぬ;<オイ) 斉(姜斉・田斉):管仲・孫臏・田単 越:范蠡 趙:廉頗・趙奢・李牧(藺相如はいないんか…) 秦:王翦 前漢:曹参・彭越・周勃・周亜夫・李広・衛青・霍去病・趙充國 後漢:鄧禹・呉漢・賈復・馮異・寇恂・耿弇・馬援・段熲・皇甫嵩 司馬晋:羊祜・杜預・陶侃・王濬・謝玄 上記の三国の皆さんが、管仲だの范蠡だの廉頗だのの錚々たる英傑と同列に扱われてる…と思うとテンション上がるな…!(で、諸葛亮はそのさらに上ってことか…) ■清の頃の正史三国志注釈書 『清史稿』巻146(志121、芸文2)(維基文庫)にあったやつ…写し間違いがあるかも;; ・『三国志挙正』(4巻) 陳景雲 ・『三国志考証... 続きを読む
未処理メモ(春秋編2) - 1月 02, 2011 メモが長くなったので分割~ 【春秋・国語関連】 ■国語韋昭注に引かれる主要注釈者のなまえ ・賈侍中=賈逵(後漢の人)らしい。…わりと最近まで賈充の父の魏の賈逵のことだと思ってた…; ・鄭司農=鄭衆(後漢の人)らしい。…わりと最近まで鄭玄のことだt(略) 司農をやってた注釈者の鄭っていうと鄭玄がぱっと出てきてしまって…; ちなみに鄭玄の注を引く場合は「鄭後司農」と書いてある。 ・唐尚書=唐固(呉)。だいたい虞翻と同年代(微妙に年上)の人。 ・虞御史=我らが(?)仲翔さん。 虞翻注が引かれてるのをあまり見ない…交州にすっ飛ばされてるし、中央には唐固がいて国語を研究してた訳だから、呉におけるメジャー度は唐固注>虞翻注なのかもー。 ■春秋三伝で名の表記が異なる人 自分が見つけた・気になったものだけ。十三経注疏に依る。表記した紀年は、自分が見つけたものであって初出ではない。 ・荀首(成5経)=「荀首」(左伝・穀梁)/「荀秀」(公羊) ・韓厥(襄元経)=「韓厥」(左伝・穀梁)/「韓屈」(公羊) ・士魴(成18経)=「士魴」(左伝・穀梁)/「士彭」(公羊) ・狐射姑(文6伝)=「狐射姑」(左伝・公羊・穀梁)/「狐夜姑」(穀梁) ※穀梁伝はどちらの表記もある。 ・先蔑(文7経)=「先蔑」(左伝・穀梁)/「先眛」(公羊) なお、公羊・穀梁が今文、左伝が古文。らしい。つまり、これらの表記の差異は、今文古文の差異と一致しない。公羊伝だけ特殊なことが多い。 ■春秋各国の歴史書のなまえ 『孟子』離婁下から~ ・晋→乗 ・楚→檮杌 ・魯→春秋 ■左伝の主要注釈書 (角川書店から出てる「鑑賞中国の古典」シリーズの左伝の総説で挙げられているもの) ・杜預[西晋] 『春秋経伝集解』 ・孔穎達[唐] 『春秋左伝正義』(『十三経注疏』に収められている) ・林尭叟[宋] 『左伝句読直解』(『春秋左伝杜林合注』として印行) ・顧炎武[清] 『左伝杜解補正』(杜預の注釈の強引な解釈や誤謬を改める) ・恵棟[清] 『春秋左伝補注』 ・焦循[清] 『春秋左伝補疏』 ・沈欽韓[清] 『左氏伝補注』 ・劉文淇[清] 『春秋左氏伝旧注疏証』 ・楊伯峻 『春秋左伝注』 (以下二本は左伝を紀事本末の体裁に編纂したもの) ・高士奇[清] 『左伝紀事本末』 ・韓席籌[清] 『左伝分国集注』 (以下は日... 続きを読む
コメント
コメントを投稿