士燮趙武まんが② リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 1月 11, 2023 続きです!士季殿が能力的に人間離れしててすごいので憧れる…はありがちな感じですが、それだけじゃなくて人柄にも惚れてくれてるのが、息子的には嬉しい…のかもしれない。まあ、これだけ直球で士季殿だいすきをアピールされると、父上大好き病の拙宅ししょーさん的には急激に趙武に親近感を感じそう…。推し(?)が同じだとめっさテンションあがりますよね…。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
メルフォお返事です…(>_<)! - 3月 07, 2026 はるかな様 三ヶ月以上もお返事が遅れ、本当に申し訳ありません…(>_<)。コメントをくださり本当にありがとうございます…! 春秋関係のコンテンツをいろいろご覧いただき、どうもありがとうございます!! 春秋関連の資料は、素人が下手の横好きで作ってみたものですので、間違いなどあるかと思いますがご容赦いただければ幸いです…が、春秋の入口としてお役立ていただけたならば大変ありがたいことです…! イラストの方もご覧いただきありがとうございます!お褒め頂けて光栄です/// 晋の一時代に偏ったコンテンツになってしまっていますが(汗)、はるかな様の創作のお役に立てましたら何よりです。是非とも素敵なお話を作り上げてください…! 自分は現在は春秋の創作からは離れてしまっていますが、マイナーな春秋時代の創作をしてくださる方がいらっしゃることはとても嬉しく思います。春秋時代の面白さを、是非他の方々にも広げていただければと思っています…!! 重ね重ねになりますが、お返事が遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした…(ほぼ放置状態のサイトにメッセージをいただけているとは思っておらず、メルフォの確認が遅くなってしまいました;)。ですが、今でもご覧いただけていることが分かり、とても嬉しかったです。本当にありがとうございました!! 続きを読む
虞翻が于禁に掛けた台詞の件 - 4月 23, 2008 三国&春秋好きな方向けの雑感。 棒茄子が出るので、前々から欲しかったさんごくし集解を手に入れました。句読点を切ってあるのが欲しかったのですが見つからなかったので、影印本のやつをゲットしました。 で、ぺらぺらめくって虞翻伝あたりを見ていたら、自分的に衝撃的な注を発見してしまった! 虞翻伝で引かれていた『呉書』に対する注に士会の名前があって、何かと思って読んでみたら…于禁が魏に送還される際に虞翻が于禁に掛けた言葉が、繞朝が士会に掛けた言葉(@左伝)の引用だったらしい!!まじか! 試しに較べてみる↓ (左伝文公13年伝、繞朝→士会) 「無謂秦無人、吾謀適不用也。」 (呉書、虞翻→于禁) 「卿勿謂呉無人、吾謀適不用耳。」 これは…繞朝の台詞を踏まえてますわ…。 …でも、これって于禁に対してすごく優しい言葉をかけてるようにも見える…。繞朝が士会に掛けた言葉を引用して、虞翻が于禁に話しかけたってことは、于禁を士会になぞらえてるってことっすよね? 于禁と士会が置かれてる状況も何気に似てる…士会は思いがけない事情(趙盾の裏切り的決断)で祖国の晋から秦に逃れていたし、于禁も思いがけない大雨で関羽に敗れて捕虜になって呉にいた訳で…本人というよりはそれ以外の要因で自国を離れるはめになったあたりが似てる。 また、左伝文公13年の繞朝の台詞の少し前のところでは、郤缺が士会について「(秦に逃れたことについて)罪無し」と言ってる。しかも士会は、晋に帰国した後は最終的に晋のトップの執政になってる…。 つまり、于禁を士会になぞらえてるってことは、于禁に罪はないし、将来は国に戻って立派に出世することを期待している…という意味が込められてるようにも見えるってことです。そう考えると、虞翻は于禁に対してすごく優しいせりふを掛けたように見えるのです。 …でもなー、その言葉の前後の内容を見るに、やっぱり虞翻は于禁に対して冷たいので(笑)、そこまでの意味はないのかなあ? 繞朝の台詞を引く前のとこで、虞翻は孫権に「于禁を処刑した方がいい」って言ってますし。でも魏に帰った後の于禁のことを考えると、そちらの方が于禁の尊厳を損なわないような気もする…。于禁の死を単に望んでるようにも見えるし、国に帰って非業の死を遂げることを見越して于禁の尊厳を保とうとしてるようにも見える…どっちなんだろう。普段の虞翻の言動からすると前者な... 続きを読む
赤城の山も - 3月 24, 2026 こんにゃく限り…ってCMを昔よく見てました(ローカル)。ってことで(?)群馬旅行二日目は赤城山に行きます! 朝はホテルのバイキング。ホテルの最上階が会場だったんですが、目の前に榛名山が見えて最高でした。チェックアウトしたらガソリンも補充して、一日の準備は万端です…ガソリン代がリッター190円(これでも安め)で涙がちょちょ切れそうですた。ガソリン代爆上がり期とかぶってしまった…。 【おもちゃと人形自動車博物館】 まずはこちらの博物館から! ちょっと遠めの第二駐車場に車を停めます。 ええのう…。群馬のいろんな店に行っても86・レッドサ〇ズ・シル〇イティのグッズはそれなりに見かけても、ナ〇トキッズのやつはあんまり見かけんかったんですよね…こちらにパネルがあるのがええです。あいつらはすぐ煽ったり小突いたりとガラが悪いからだろうか(笑)。でもなんか好き。 この日はホワイトデーにちなんで受付でお菓子を配っていて、肉球柄のクッキーをいただきました。やったー。こちらの入場チケットがオサレすぎる…チェーンを通せばキーホルダーにでもできそうな小さな木の板とは。板にはテディベアやミ〇ット(?)、ロボット、あと86がいました。 私設の博物館とは思えないほどのクオリティに圧倒されます。特に何も知らなくてもめっさ楽しめます。 こちらはテディベアゾーン。圧倒的物量がありながらも展示の仕方が凝っていてオサレ。 レトロゾーンの没入感も最高です。この駄菓子屋が個人的にたまらん。テレビも古いブラウン管で、映像が流れるのがすごい…。そしてこちらの博物館といえば! ネットで見たやつーー! 86&豆腐店、そして作者さんがオーナーだったFD! こんなに間近に86とFDを眺められて最高でした。このあたりだけアニメのBGMが流れててテンションが上がりました。なお、この先も車がたくさん展示してあって、車好きな方はそちらでもテンションが上がり倒れるんだろうなと思います。 他にも見どころはたくさんありますが、個人的にツボだったのはこちら。 ティーガー!ティーガーです!!(ガル〇ン履修済民) 戦車のレプリカゾーンがありまして、原寸で再現したM4シャーマンとティーガーが向かい合っているのです。原寸大で見るティーガーの迫力が凄かった…もはや動く部屋やん…というくらいにでかかったです。 博物館の途中には、二カ所のお土産... 続きを読む
欒書が下軍の将→執政に特進した件のmousou - 9月 04, 2022 鞍の戦いの頃、欒書様は第五位の下軍の将だったのに、郤克没後にいきなり執政に上がった件についていろいろ考えたことまとめ。 晋では六卿に空位が生じた場合、その下位の人が繰り上がるのが基本なので、郤克がいなくなった後に執政になるのは、順番でいえば荀首のはずなのです。なのに荀首が執政にならず、また欒書より上位にいた荀庚・士燮もまた執政にならずに、自分より下位だった欒書を執政に上せたのはどういうことなのかなーと考えたりしました。 ということで、荀首・荀庚・士燮各人についてその理由を考えてみますた。 ■荀首さん 荀首は邲の戦い(魯宣公12年)の際は下軍大夫で、欒書は下軍の佐だったのですよね。欒書は人臣第六位の卿、荀首は卿ではなく大夫にすぎない。よって、かつては欒書が上位、荀首の方が下位。 それが、鞍の戦いの頃(魯成公2年)には、荀首は中軍の佐(2位)、欒書は下軍の将(5位)。荀首が異様な昇進を遂げているんですが、『左伝』成公2年の巫臣の言によれば、荀首は晋の成公の寵臣で、かつ赤狄潞氏を滅ぼす功を立てた荀林父の弟なので、成公(魯宣公9年=BC600没)の子である景公が特進させたのかもしれない。 荀首は邲の戦いにおいて、楚の連尹襄老(当時の夏姫の旦那)を射殺し、公子穀臣を捕らえる功を立てているので、その褒賞の意味もあるのかもしれない。あの惨敗の中で上軍を無傷で撤退させた士会・郤克に次ぐ働きと言っていいように思う。それもあって異例の昇進をしているのかも。 郤克の死後、その時の順位でいえば荀首が執政になるのが順当だし、荀首はそれに堪える人物だとは思うのですが、かつては欒書が自分の上官だったこと、自分がこの地位にあることがそもそも異例であること、あるいは自分の子(荀罃)が楚で虜囚となっていることから、執政になることを辞退し、欒書を執政に推したのでは?と思います。 ■荀庚さん 荀庚についてはぶっちゃけよく分からない…とにかく影が薄い…。上軍の将(3位)だけど、戦があれば上軍を率いるのはたいがい上軍の佐の士燮だし…(成公2年の鞍の戦い、成公4年の許救援然り)。 荀庚は戦が嫌いなのかも。荀庚は邲の戦いの時、父の荀林父とともに中軍にいたのではと思う。晋の卿大夫は戦の際に息子を帯同することもけっこうある様子なので…邲の戦いの荀首・荀罃、同じく郤克・郤錡(文中の「駒伯」を郤錡とするならば成... 続きを読む
妙義の谷は深い… - 2月 24, 2026 アマ〇ラで頭〇字Dの1期が全部見られるようになって嬉しい…そして三連休は天気がいい…。ということで峠を攻めてきました!(飛躍) ふと思い立って、妙義山までドライブに行ってきたのです。妙義は自分のお気に入り・中里のホームなので(笑)。アニメ1期最後の86対FC戦で慎吾とイチャついてる(語弊)中里がかわいすぎるんや…。ドライブの相棒(車)は7年程のお付き合いになる軽です(…)。 最初に断言しておくと、 峠(山道)の運転はめっっっさキライです… 。後ろに車が来ると怖いので、やや道幅が広くて見通しがいいとこがあれば速攻で譲ります。今回行った峠も、だいたい法定速度通りに走っています。攻めるとかありえん…走るだけで精一杯…。。。でも、せっかくだからアニメで出てきた峠に行ってみたかったのです。 【碓氷峠】 妙義に行く前に、比較的妙義に近い碓氷峠をダウンヒル(笑)しました。長野から群馬に入るあたりで自分以外の車がいなくなったんだが…??? 行っても大丈夫なんか??と不安になりつつ碓氷峠に入りました。 道は基本細いし、ひたすらうねうねしてるし、距離も長いし、道端には枯れ葉が溜まってるし、路上には砂がけっこう溜まってるところがあるし…(砂は滑り止め用らしく、道端に砂が入った袋がところどころ積んである)。カーブの番号のカウントダウンが心の支えだった…こいつがなければ、いつこのカーブ地獄がが終わるのか分からないから…。幸い(?)、自分以外に下ってた車がいなかったので、マイペースで運転できました。運転してて若干車酔いしました。。。 峠の終盤には有名なめがね橋があるので、駐車場に車を停めて遠目から見てきました。遊歩道を少し下れば撮影ポイントです。 …運転がしんどくてここの峠はもう走れないかもしれない; 【妙義神社】 碓氷峠を下りきり、何キロか走れば妙義くんだりです。妙義山はあの峻険な山容がよい…あれだけギザギザした稜線はなかなかお目にかかれない。妙義は普通に観光地としても魅力的。 まずは道の駅近くの妙義神社に行きます。 社殿も大変立派で、彫刻・彩色がすばらしいです。背景の稜線も込みで本当によい…。 由緒ある神社なので、こちらの参拝もできてよかったです。御朱印をお願いすると、書き手の方が他の参拝者さんの相手もしつつ目の前でササッと墨書してくださってすげい…あと、神社オリジナルのクリアフ... 続きを読む
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