士燮趙武まんが② リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 1月 11, 2023 続きです!士季殿が能力的に人間離れしててすごいので憧れる…はありがちな感じですが、それだけじゃなくて人柄にも惚れてくれてるのが、息子的には嬉しい…のかもしれない。まあ、これだけ直球で士季殿だいすきをアピールされると、父上大好き病の拙宅ししょーさん的には急激に趙武に親近感を感じそう…。推し(?)が同じだとめっさテンションあがりますよね…。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
『春秋名臣列伝』メモ・その3 - 4月 27, 2001 春秋名臣列伝メモ、ラスト5人です。だんだんメモが長くなっていく…;; ■晏嬰■ 管仲の後に出た斉の名宰相・晏子。諸葛亮が作ったといわれる「梁甫吟」が晏嬰を詠ったものなので、三国スキーさんは知ってらっしゃるかと。生前から吝嗇家として知られていて、父の晏弱を葬るにしても礼の規定以下の規模だった。故に、礼容を重んずる孔子からその点で批判を受けた。礼容を守るか、現実に即して倹約するかで、孔子と晏嬰の考えは逆だったかも。孔子が斉を訪れた際も晏嬰は、外の飾りを立派にする孔子は斉の政治には不要だと退けている。が、孔子の弟子・曾子は、「恭敬の心があった晏子は礼を知るといえよう」「国が奢っているときに君子は倹約を示すのだ」と言って肯定した。また福祉を奨励し、主の景公は晏嬰の考えを受けて、身寄りのない者を国で養った。晏嬰が死ぬと景公に直言する者はいなくなり、お追従ばかりを聞く景公は嘆いた。 ▼斉の景公 霊公の子。兄の荘公の後に君主となる。斉に来た孔子を召抱えようとしたが、晏嬰が反論したので登用しなかった。晏嬰の補佐を受け、社会福祉政策を行った。 ▼陳乞 陳無宇の子。景公の死後、後継者問題に乗じて斉の有力者を屠った人。強力だった国氏・高氏と他の大夫たちを反目させ、二氏を斉から追い出した。陳乞の子が陳恒(田常)で、彼が斉を簒奪する。 ■季札■ 呉の賢人。呉王・寿夢の末子。寿夢は君主に立てたがったが季札が頑なに断ったので、結局長男の諸樊が呉王を継いだ。兄たちは順に王となり、最終的に季札に位を譲ろうとしていたが、呉が外交関係を温める必要に迫られると、季札が使者となって中原諸国を訪問した。魯では、題名の分からぬ歌を聴いて的確な感想を述べ、晋では趙武・韓起・魏舒に会って「晋はこの三族のものとなりましょう」と予言した。徐という国に立ち寄ると、徐の君が季札の剣に目をとめた。後に徐に立ち寄ると、徐君はもう逝去していた。季札は徐君が剣を欲していたのを察しており、その墓の木に宝剣を掛けていった。ある人が不思議がると、「私はこれを徐君に差し上げようと思っていた、その我が心には背けない」と答えた。呉王夫差の代まで生き続けた。 ▼寿夢 呉王。呉の国力を伸ばした明君。 ▼諸樊 寿夢の長子。楚との戦いで戦死。季札にまで王位を伝えるよう言い残していた。 ▼餘祭 寿夢の次子。兄の遺言に従い、季札を延陵に封じた。... 続きを読む
構図が浮かんでしまった - 8月 08, 2024 前回「次は花京院を描きたい」と言っていたのは何だったのか… 構図が降りてきてしまったんや…。審判戦前に変装(できてない)アヴさんが飼ってたにわとりたちの行方がちょっと気になる。あのアヴさんのセリフだと美味しくいただく気満々な雰囲気なのですが、食べたのか、どうなのか…。 頭に構図がパッと浮かぶことはあまりないのですが、描きたいものとか構図が他にもできてる…自分にしては珍しい…。ジョジョ絵も描けるだけ描いておきたいのですが、今月は他にも描かなきゃいけないものがあるので、そちらの準備もそろそろしていかないと…資料集めから始めよう…。 先日買った古代エジプトの本を読了しました。面白かったです。 古代エジプトの人々は、人間の手が届かない空を自由に飛ぶ野鳥を神聖視→神格化する傾向があるようですね。確かに、ホルス神やトト神みたいな鳥頭人身の姿の神が多かったな…。頭部が鳥で身体が人って魔術師の赤やん…と思って、ほーん…と妙な納得感があったりしました。エジプト出身のアヴさんっぽいスタンドすぎる…。 ファラオたちはホルス神の末裔(一部例外あり)とされ、ホルス名という名前も持ってるらしい、というのが面白かった…ホルス神すげい。ホルス神(ペトショ)を抱えてるDIO様ってまさに王やん…。 九栄神の元ネタと思われるヘリオポリス九柱神についてもなんとなく分かりました。ヘリオポリスってのが、下エジプト(ナイル川下流のデルタ地帯のあたり)の信仰の中心地で、その神話の中で原初にあたる九柱の神をそう総称するみたいですね。 三部の舞台は下エジプトだけではなく上エジプト(ナイル川のデルタ地帯より上流のあたり)も含むので、ヘリオポリスの九柱そのままを使う訳ではなく、その他の有名な神も入れて9人にしたのかな…などと勝手に妄想してにこにこしています。 ルクソールって昔のテーベのあたりなんやね(にこにこ)。遺跡の紹介を見て、「これジョジョで見たやつ!」がちょこちょこあって面白かったです。 続きを読む
欒書が下軍の将→執政に特進した件のmousou - 9月 04, 2022 鞍の戦いの頃、欒書様は第五位の下軍の将だったのに、郤克没後にいきなり執政に上がった件についていろいろ考えたことまとめ。 晋では六卿に空位が生じた場合、その下位の人が繰り上がるのが基本なので、郤克がいなくなった後に執政になるのは、順番でいえば荀首のはずなのです。なのに荀首が執政にならず、また欒書より上位にいた荀庚・士燮もまた執政にならずに、自分より下位だった欒書を執政に上せたのはどういうことなのかなーと考えたりしました。 ということで、荀首・荀庚・士燮各人についてその理由を考えてみますた。 ■荀首さん 荀首は邲の戦い(魯宣公12年)の際は下軍大夫で、欒書は下軍の佐だったのですよね。欒書は人臣第六位の卿、荀首は卿ではなく大夫にすぎない。よって、かつては欒書が上位、荀首の方が下位。 それが、鞍の戦いの頃(魯成公2年)には、荀首は中軍の佐(2位)、欒書は下軍の将(5位)。荀首が異様な昇進を遂げているんですが、『左伝』成公2年の巫臣の言によれば、荀首は晋の成公の寵臣で、かつ赤狄潞氏を滅ぼす功を立てた荀林父の弟なので、成公(魯宣公9年=BC600没)の子である景公が特進させたのかもしれない。 荀首は邲の戦いにおいて、楚の連尹襄老(当時の夏姫の旦那)を射殺し、公子穀臣を捕らえる功を立てているので、その褒賞の意味もあるのかもしれない。あの惨敗の中で上軍を無傷で撤退させた士会・郤克に次ぐ働きと言っていいように思う。それもあって異例の昇進をしているのかも。 郤克の死後、その時の順位でいえば荀首が執政になるのが順当だし、荀首はそれに堪える人物だとは思うのですが、かつては欒書が自分の上官だったこと、自分がこの地位にあることがそもそも異例であること、あるいは自分の子(荀罃)が楚で虜囚となっていることから、執政になることを辞退し、欒書を執政に推したのでは?と思います。 ■荀庚さん 荀庚についてはぶっちゃけよく分からない…とにかく影が薄い…。上軍の将(3位)だけど、戦があれば上軍を率いるのはたいがい上軍の佐の士燮だし…(成公2年の鞍の戦い、成公4年の許救援然り)。 荀庚は戦が嫌いなのかも。荀庚は邲の戦いの時、父の荀林父とともに中軍にいたのではと思う。晋の卿大夫は戦の際に息子を帯同することもけっこうある様子なので…邲の戦いの荀首・荀罃、同じく郤克・郤錡(文中の「駒伯」を郤錡とするならば成... 続きを読む
スリリング通勤 - 1月 08, 2022 …この冬の雪が半端ないんですが(憤慨)! もーー何回車の雪下ろしをしてるんだ…出勤も早くしないといかんし切ない。いつもの倍の時間がかかるよ! 道路は下手したらテッカテカ(時々ガッタガタ)のアイスバーンだし…車に乗り始めたころにアイスバーンで止まれなくなった経験もあるので恐怖しかない。四駆とスタッドレスを過信してはいけない。ちうか、仕事場の玄関ですっ転んだのが切なすぎて思わず愚痴りたくなったのです…遅刻しそうで焦ってたら尻餅をついてしまった…正月でもその餅はいらん。まだ腕や足が痛い(涙)。 愚痴はさておき、先日の 『礼記』の名付けのルール の件の補足。『国語』をなんとなく見てたら、それに少し関連する記事を見つけたので。 士鞅が魯に行った時に名山の話をしたところ、その山の名が魯のだいぶ前の君主の名前と同じで、思いがけず魯の先君の諱を犯すことになってしまい、赤っ恥をかいた、という話が『国語』(晋語9)にあったのです。名付けの際には山や川の名を避けるべき、と『礼記』にもありましたが、こういう事態が起こると困るから、ということなんでしょうね。ってか、礼にうるさそうな魯の国の君主の名が『礼記』の説くルールから外れてるのか…名付けのルールは、当時からけっこう形骸化してたのかもしれない。 あと、名には傷や痣を用いてはいけない、というルールもあったけど、欒書の子の欒黶ってこれに該当する? 黶=ほくろ・黒い痣、の意味なので、同類になりそうな気もする。傷や痣は「隠れたもの」については名として使っちゃいけないという条件はあるんだけど、欒書様は何を思って我が子に「黶」なんて名をつけたんだ…生まれながらにして余程特徴的なホクロでもあったんだろうか。でもホクロなんて名前をつけられたらちょっと切ない気持ちになりそう。もし欒黶をデザインするならホクロは必須ですね。 続きを読む
メルフォお返事です!! - 5月 24, 2026 たいまつ(うみっち)さま メルフォからのメッセージありがとうございます! お久しぶりです。お返事が一ヶ月以上遅くなり申し訳ありませんでした…(>_<)! 同人誌の通販を何度もご利用いただいていたこと、そのたびに大変ご丁寧なお手紙を添えてくださっていたこと、覚えております。通販の際に描かせていただいたイラストなどもお手元に置いてくださっているとのことで、ちょっとお恥ずかしい気持ちがありつつもとても嬉しいです…どうもありがとうございます/// 個人サイトについては、HTMLを書き換えるのが面倒に感じてしまって更新もできていないのですが(汗)、なんやかんやで消すのも勿体ないかな…と思ってそのまま放置状態になってしまっています; 放置状態なのもよくないな…と思っているところもあるのですが、今でもサイトにあるコンテンツをご覧いただけているのは、申し訳なくもありがたく思っております。 最近は、サイトの更新どころか絵を描くこともできておらず、こちらの日記もろくに更新できていない状態ではありますが(汗)、温かいお言葉をいただけて本当に嬉しかったです。既に暑さも厳しくなってきておりますので、たいまつ(うみっち)さまもどうぞお身体にお気をつけて過ごされてください…! どうもありがとうございました!! 続きを読む
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